旅する保育士(保育教諭を辞めてワーキングホリデーへ)

元幼稚園教諭のブログ。『人生とは探すものではなく、創るものだ。』やりたいことや好きなことを楽しみながら生きていきたい。理想とするライフスタイルを模索中。

日本の製作活動の保育で思ったこと【表現】【人種差別】

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現在とある認定こども園でフリーの保育教諭として務めています(^^)

フリーなので、先生に欠員が出たクラスや補助が必要なクラスに入っているんだけど、色々な保育士の製作活動の時間での保育をみて思ったことがあります。

保育士「みんなの目は何色かな?」

子ども「くろー!!」

保育士「そうしたら目は黒色のクレヨンで描きましょう」

 

『目や髪の毛は黒で描きましょう😃』

 

どの学年のどの製作も目や髪の毛は全部、黒!!!

 

製作活動とかで保育者が色を指定する時があるけど、それも表現の一部だと思うから自由でいいと私は思うんだよな〜。

どうして日本の保育では「目の色は黒」「顔は肌色」「髪の毛は黒」って教えてしまうのだろう。

世界には色んな人種がいて、色んな目の色や肌の色、髪の毛の色があるのに。

 

アメリカやフランス出身の人に幼少期の絵画活動について尋ねてみたら、色の指定はなくて自由に描いてたよ。って口を揃えていう。

最近はテレビで「人種差別」について大きく取り上げられてるからこそ、幼児教育で「目の色は黒、肌は肌色、髪の毛も黒」を教えるのはいかがなものかと思う。

 

フランス出身の人に「日本人の先生は子どもに日本人を描いてほしいの?」と聞かれた。

恐らく…『日本人を描いてほしい』ってよりも、保育者自身が『人を描く』となると日本人の姿しか思い浮かばないし、教室にいるほとんどの子どもが日本人だからこの様な教育になっているのかなって思った。

 

今は補助の立場だから、担任がそういえばそれに従うしかないけど、世の中の教育者たちがもっとグローバルな目線で教育や保育ができればいいなと思った。あと、もっと子どもたちに自由を与えてほしい。

幼稚園や保育園なのに少し窮屈に私は感じる。何かをするにも必ず『先生の許可』が必要。何かを始めるにも『先生の許可がおりて』から。

「まだいいよって言ってないよ!」

「先生に聞いたの?」

こんな教育じゃ指示待ち人間しか生まれない。もっと自発的に動いて、色んなことに挑戦してほしい。

 

オーストラリアの保育園で気づいたのは、いちいち先生が子どもに次の指示をしないこと。細かく過程を説明しないこと。子どもたちが自分のタイミングで考えて物事を進めていた。

日本の子どもたちは「先生◯◯していいの?」「次はどうしたらいいの?」と聞いてくる子がすごく多い。聞くことは悪いことじゃないけど、私は子どもが自ら考えて自発的に行動してほしい。まぁ…子どもたちが好き勝手やりすぎて収集がつかなくなるのも大変だけど…😅

 

きめ細かい日本の保育のいい所も沢山あるけど、自由な海外の保育のほうが私には向いているのかもしれない。なんて思いましたとさ(╹◡╹)

 

おわり。